うどん屋店長の日報

飲食業専門ブログ/時々雑記(^^)

飲食業で失敗したこと〜スタッフ編〜

私のこれまで店長として大失敗したことをお伝えしたいと思います。今回はスタッフ編です。

前回飲食業をやってて良かったことを書きましたがそのとき過去の私の黒歴史を色々と思い出してしまいました。

今でも夢にでてくる(^^;と言えば大げさですが当時の私にとってはとても大事件だったんです。。

 

○アルバイト総辞め事件

まだ20代前半だった頃私はちょっと人よりも一生懸命休まず頑張ったことを会社に評価されてあっという間に22歳で店長になりました。つまり新人店長です。そして新しく配属された先の居酒屋でやらかしました。

 

働く人みんな自分と同じテンションで働いていると勘違いしてしまったのです。テンションの低いバイトにはそれを強要し、売上と利益について説教し、コスト削減とまかないまでケチるように指示をしたり、暇なら早く帰るように指示をしたりと、やりたい放題でした。

やってることはそんなに悪いことではないのですが今まで普通に一生懸命に働いていたバイトからすると不平不満が絶頂に達しその結果バイトからは総スカンそして無視され。。。

 

普通にバイトしていた学生やフリーターから無視された結果、ホールの主要メンバーに囲まれて「私たち辞めます!」と宣言されて一気に人のいない回らないお店になってしまいました。

今まで強気だった私もショックで言葉が出ずに…すぐに上司から電話が入り立ち直れない位に怒られました。。。

 

今思うと確かに既存のスタッフに無駄なコストがたくさんありましたが、優しく説明して話せば分かってくれる良いスタッフばかりだったと思います。

その中でもバイトリーダーの働き者で仕事のできる若くて意識の高いスタッフを辞めさせてしまった私の重罪はその後何年も苦しめられる結果になりました。

 

自分の思うようにはいかないこと。人の気持ちになって考えてから言葉をかけること。

自分の思うようにやってもらうためには順序立てて説明してやっていかないと無駄に人が辞めてしまう事。

またあきらめることや、見て見ぬふりすることも大事なのだと分かりました。

人はロボットではないので思いやりを持って配慮しないと続かないということを学びました。

 

それからすぐに求人を募り採用しましたが、うまく教えることができませんでした。主要なバイトリーダー含めスタッフ全員が辞めてしまったため、彼らに任し切っていた仕事を私は理解していなかったのです。

そしてそんな時に限って忙しくなります。新人スタッフ達と一緒にむりくりお店を回しましたが、オーダーミスばかり、お客さんからまだ料理が来ない注文通ってる?とか違う料理がきた。席番ミス。などなど。

 

厨房からは料理の作り直しで大変ご立腹状態で、私の信用度は地の底まで堕ちました。つまり、偉そうに人件費を削っていたけど肝心な繁忙期に人が揃えられずに店が回らない。新人を入れてもきちんと教育できない。

 

そして私はスタッフが辞めることを恐れてとうとう怒ったり注意することができなくなりました。

暇な平日に私1人で外ガラスをキレイに拭き掃除をしているのに店内ではバイトスタッフが集まって楽しそうにおしゃべりしている状態です。つまり私はガン無視されている状態です。

若い学生やフリーターの子が怖くなっていきました。夜営業は次第にお客さんが離れていきどんどん暇になっていきました。

 

一方ランチ営業は好調でした。40〜50代のパートのお姉さんとは仲良く仕事ができるようになったからです。

しかし初めの頃はランチのパートさんとも馴染めずによく怒られていました。そこでも初めは偉そうに人件費を削ったり、動線を変えたり、日替わりランチにケチを付けたりとやりたい放題でした。タバコもNGにしたりなど。。

そうするとお姉さん達は猛反撃に出ました。

このお姉さん達が本社に電話をして上司に私のことをちくいち報告します。つまりチクッていたのです。そして上司から私に電話がきて説教させる。という素晴らしいスパイラルでした。

 

ある日あまりにも上司がしつこくねちっこく怒るので電話後に私はげんなりとなり、このまま辞めてしまおう、このまま帰ろうかと考えました。でもランチピーク前のこの時間に帰ると大変現場に迷惑をかけますし迷っていました。

私は帰るのはやめて働きました。このときの心情は今でもよく覚えています。もういいや、なるようになったらいい。スタッフに対して人件費でカットすることもいちいち細かく注意することもやめようと。。

そう考えるとなぜか涙があふれてきました。もう意固地になるのはやめようと。そうすると今までスタッフの事を敵みたいに注意してきたがバカらしくなりました。

 

ランチのパートさんに対してはそうやって心を開いて接することができて、以前よりも改善されたコミュニケーションがとれる関係になっていきました。つまり年下の男としてパートさんに甘えながら良好な関係を作ることを努力したのです。そうすると自然に売上が伸びてきました。関係が改善された事によってオペレーションが良くなってお店の回転が上がったのだと思います。

このときはじめて飲食業はチームワークなんだと学ぶ事ができました。この経験は私の人格形成の上でとても貴重な経験となりました。

 

ランチのパートさんとの人間関係は改善されたものの、夜の学生やフリーターバイトと関係の修復には失敗しました。

ベテランリーダー格のスタッフが全員辞めてしまい、残ったのは仕事のできないバイトや勘違いバイトばかり。新しく入ったらバイトの指導すら上手くできない私は本当に大変でした。

オープン前の鍵開けの後掃除をして、忙しいランチを回して夜の準備。まかないを食べてから束の間の休憩。夜営業を始める頃にはクタクタに疲れていました。そして終わるのは終電間際。そのため私はバイク通勤することにしていました。とても毎日疲れました。休みもろくにない環境でよくやっていたなぁと思い出されます。

 

夜のスタッフとはそういう関係でしたので1人辞めては次も辞めてを繰り返してようやく定着した頃には夜売上はどんどん下がっており予約も少なくなってきました。

店の活気がなくなりスタッフの声も出ないで元気が無く笑顔もない感じです。そんな中ある日花火大会の終わりとかであり得ないほど満席になり混み合いました。スタッフを十分に揃えておらずドリンク、料理全てが出ないという最悪の状況でお客さんからクレームの嵐でした。洗い場も回らず恐ろしい状態です。

 

今の私でしたらこれ以上は無理と入店制限をすぐにするのですが、どんどん入ってくるお客さんを止めることができずにこうなりました。

閉店後洗い物の山と放心状態の私はもう消えてしまいたい位になってしまいました。この街中の人から嫌われた気分です。

この時に思いました。あのときリーダー格のスタッフ達が辞めていなかったらこんな風にはならなかったのではないだろうか…リーダーを中心にまとまっていたチームを私が来たことにより壊してしまったその重責を感じ、いたたまれない気持ちになりました。

 

それから私はスタッフを大事にすること、辞めさせないように努力をすることにしました。

そんなに大したことやっていないんだから長く続けていると誰でもできるようになるさ。長い目で見守っていこうと。

 

○まとめ

それから私の標語はこうなりました。

まあいいか、なんとかなる、これぐらいで良かった、終わったことは忘れよう。

 

飲食業をやっていると色んなことがありますけど、いちいち失敗を悔やんでいても仕方ないですよね。前を向いて歩いていくこと。失敗したらすぐに謝って次はしないように気をつける事。何かしてもらったらありがとうやすみませんの感謝を伝える事。

まず当たり前のことを行動すると人は付いてきます。私はこれが分かるまでほんとに時間がかかりました。今まで学ばせてくれたスタッフに今は本当に感謝をしています。

「ありがとうございました」。